独立国「スロヴェニア共和国」の誕生
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日が昇る所、
戦いはこの世から消え、
誰も自由な同胞となり、
境を共にする者は、
鬼ではなく隣人となる、
その日を待つ民すべて久しかれ。

    スロヴェニアの国家紋章、国旗、国家(フランツェ・プレシェーレン作、「乾杯の詩」より)


 独立への第一歩は、1989年の9月に踏み出された。スロヴェニア議会は、スロヴェニア共和国の主権国家としての基礎獲得を、共和国憲法の補足として採択しました。1990年の選挙では、デモス(DEMOS:主だった新政党の連立)が共和国議会の多数を獲得、 共和国の初代大統領にはミラン・クーチャン(写真下)が、有権者の多数の支持のもとに就任しました。
 戒厳令を敷くというベオグラードからの脅しに伴い、スロヴェニア共和国の自主統治権宣言が採択されましたが、この議決書は、1990年12月23日に行われた住民投票の際、有権者をおおいに勇気づけることになり、その88%が独立支持を表明しました。 これに続く数々の法案導入の後、1991年6月25日に、独立・自主統治権に関する基本憲章採択とともに、法的独立に踏み切りました。
 スロヴェニア共和国指導部及び一般市民の確固たる抵抗のおかげで、ユーゴスラヴィア軍部が狙ったスロヴェニアの独立妨害の最後の試みも失敗に終わることになりました。10日間の交戦状態もおさまり、10月にはユーゴスラヴィア軍がスロヴェニアから撤退しました。 スロヴェニアは、この間に自国の国境管理を受け継ぎ、独自の通貨トラールを導入しました。

 スロヴェニア共和国憲法は、住民投票から1年たった1991年12月23日に公布され、新しい政治体制の法的基盤は、住民投票、基本憲章、及び新憲法によって表示されました。
 新憲法制度は、スロヴェニアが民主共和国であり、法的・社会的国家あるという原則に基づきます。政治は立方、行政、司法に分かれ、立法の最高機関は90名の代議員からなる共和国議会です。 いわゆる諮問機関としては、40名からなる共和国審議会があります。共和国大統領はスロヴェニアを代表し、その防衛軍隊の最高指揮官で、大統領と各大臣が構成する政府は最高行政機関であり、 その権限の枠内において自立性を有し、共和国議会にたいして連帯して責任を負い、裁判官は司法権を執行し、その任期は無期限です。
 独立表明から1年足らずで、スロヴェニアは国際連合に加盟(1992年5月22日,写真左は国連での大統領演説)、その1年後(1993年5月13日)には欧州議会に迎えられました。また、NATO、EUへの加盟については 最有力候補であり時間の問題です。
 なお、1997年6月の中欧諸国大統領会議でミラン・クーチャン大統領は「NATO,EUへの加盟実現こそ、我々にとっての(鉄のカーテンの)分断の時代の終わりだ。」と演説しています。

 そして、2004年、NATO,EUへ加盟、2007年にはユーロに参加しました。


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