ヴェレニエ
(人口27300人)(地図C2

 ヴェレニエは現代工業都市のシンボルであり、二つの異なった顔を持っています。一つは最近出来た顔で 、現代都市開発の基盤と近代建築で成り立ちます。1954年に都市計画発案グループが、石炭産出量の増大が 新しく2万人分の住宅を必要とすると計算し、シャレシュカ谷の南東部にある草原にヴェレニエの町の新しい地区を 建設することになりました。1975年に石炭総産出量は400万トンを越え、その後500万トンまで増えました。 以来、ヴェレニエの炭坑はスロヴェニア一の鉱山です。「石炭がこの町をつくった。」という人がいるのももっともです。 シャレシュカの谷に石炭が豊富であることを初めて世に知らせたのは18世紀後半のスタイツ神父です。
 ヴェレニエの旧市街は、城を頂いた高さ66メートルの丘の麓に張り付くようにあり、もう一つの顔を見せています。 城が書物に記されたのは1275年、その足元の集落はそれ以前のものです。ヴェレニエ城(写真上)は現在、18世紀半ばから今日までの スロヴェニアの鉱山業の発達を示す展示コレクションを始めとして、複数の常設展示博物館になっています。珍しいのは 、先史時代のスロナマストドント(マンモスの一種)の復元で、この種類の発見としてはヨーロッパでも大変重要と されています。スロナマストドントの骨は1964年にヴェレニエ近郊で発見されました。

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