リュブリャーナ
(人口280000人)(地図B3


リュブリャーナ市街地  スロヴェニアの首都リュブリャーナへ行って、探索すると、ルネッサンスやバロック風(写真左と下)あるいは分離派のファサードや、飾りを施した正面玄関、アーチのある中庭に出会います。 美しい教会や古い貴族の館が、この町を中央ヨーロッパのバロック様式の代表的な町の一つにしています。現在改装が進んでいる城は9世紀から存在し、現在残っている部分は16世紀当時の形ですが、 リュブリャーナの町が一望に見渡せます。


冬のリュブリャーナ市街地

 城から遠くの方に見えるビルの向こうには、リュブリャーナ盆地の北側を縁どる山々と、南側には湿地帯が広がっています。この湿地帯には、現在博物館に所蔵される高床式水上住居の跡が見つかっています。 市の中心にも、昔の名残りが見られ、リュブリャーナが古代ローマ帝国時代にエモナと呼ばれていた頃の家、防御用堀、壁(カランタニアのページ参照)、塔、礼拝堂が残存し、昔からすでに高度に発達した文化があったことをうかがわせます。民族大移動の時期には、様々な軍隊がこの町を通って行ったと言われています。それは、この町が東西南北を結ぶ交通の要所にあるからで、歴史上何度も文化的、政治的中心地としての役割を果たしていたのです。
 リュブリャーナは、まず1144年にライバッハとして、1146年にはルヴィガナとして、書物に紹介されています。リュブリャーニツァ川は19世紀半ばまでは交通にかなり利用され、隣町のヴルフニカから 市の中心の船着き場まで蒸気船が往来していました。しかし、19世紀半ばに鉄道が通るようになって、水上交通は下火になりました。
 リュブリャーニツァ川に架かる橋のうち、最も交通が激しく、親しまれているのが扇の形の三本橋(トロモストウイエ)です。この橋は、建築家ヨジェ・プレチニックが1930年代に設計したもので、以前にあった石橋の形を保存しつつ、 新しく歩行者のための二本を付け加えました。この三本橋前のプレシェーレン広場はリュブリャーナの中心で、また、そばに架かる竜の橋は、市のシンボルで、すでに数世紀前に市の紋章に成っている竜が欄干に座っています。プレチニックはスロヴェニア議会の議事堂も設計しました。この他 彼の設計で傑作と言えるものには国立大学図書館、リュブリャーニツァ川沿いの中央市場、中央墓地、十字軍教会と僧院の野外劇場への改築、シシカの聖フランシスコ教会、バリエの聖ミハエル教会、中央スタジアム等が挙げられます。
 1930年代には市の中心を通る各大通りに沿って、建物の数がどんどん増えていきました。1970年代からは、文化会館を中心とする市の第二の中心が活気を帯びるようになり、 さらに、アイドウシチナ広場に、ビジネス、オフィス、商店が集まり、建築家ヤネス・ラヨヴィツのグループの設計でこの地域の整備が進められています。
市街地図 リュブリャーナ市の最も中心的な場所として、ティヴォリ公園と市庁舎の大体中間点の旧郵便局が有ります。ここからは、 現在国際版画造形センターが入っているティヴォリ城を望む光景が美しい眺めです。
 しかし、リュブリャーナ市内には城や館よりも数多くの教会が有り、シシカ地区のイエルネイ教会の前では、その昔、ハプスブルグ家とベネチア共和国の間の平和条約が交わされました。会議広場は、1821年に神聖同盟諸国の会議がこの町で行われた時の 命名でオーストリアの皇帝、ロシアの皇帝、ナポリの王などの主要人物が一堂に会したのでした。三本橋の前に有るフランシスコ教会の前の石段は、若者が好んで腰を下ろす場所です。
 リュブリャーナには、すばらしい館も数多く、オーストリア・ハンガリー時代の地方政府貴族館、ネオルネサンス様式の政府官邸、スティシュキの館、司教邸などがあります。また、リュブリャーナの湿地帯の排水計画の参画者で、後で運河の名にもなった ガブリエル・グルーベルが建てたグルーベルの館はスロヴェニヤ共和国資料館となっています。旧市街の城がある丘の麓の市庁舎は、ファサードが堂々としていて、中庭に面する壁は絵や文字の彫り付け模様で飾られています。市庁舎の外壁には、以前、アダムとイヴの像が飾られていましたが、これは現在、クリジャンケ文化情報センター(昔の十字軍教会)に移されています。このセンター、または旅行者センターでは、この町を訪れる人々に各種情報を提供しています。 市庁舎前に有るロッバの噴水はクランスカ(スロヴェニア)の三本の川を表わしたもので、これが市の広場全体をバロック調にまとめています。
歩道 リュブリャーナの市民は、昔から喫茶店で一時を過ごすのが好きでした。最近になって、古い喫茶店はその形を変え、以前ほどの魅力がなくなりましたが、それらと競争するような 形で新しく小さな喫茶店が、それこそ雨後の筍のように旧市街の中心部にできました。また、ギャラリーやブティックも多い旧市街が最も活気を帯びるのは夏で、建物の中庭や広場等ではいろいろな催し物があります。
 ティヴォリ市立中央公園は、緑を絶やさない憩いの広場です。公園内には屋外・屋内スポーツ施設があり、その外にも、市民のレクレーション、スポーツ、散歩のためのロジュニックやシシカ の丘など、緑の多い地区です。自然保護地帯としては、市の北側に有るリュブリャーニツァ川とサヴァ川沿いの緑地帯が挙げられます。リュブリャーナ市の周りを指輪のように並木でつなげる30キロメートルの道は、かつて第二次世界大戦中には 有刺鉄線が張り巡らされていた道です。
 この都市は、かつて「白いリュブリャーナ」と呼ばれました。その白さも、今では車の排気ガスで灰色になってしまいました。歌に歌われた「長細い村」も今ではその形が変わってしまいました。 現在のリュブリャーナは、11の学部と3つのアカデミーを併せ持つ大学の町であり、ヨーロッパの主要道路の交差点として、観光と会議の都市に生まれ変わろうとしています。

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