イドリア
(人口6200人)(地図A3

 イドリアに関連して知られていることは多数あります。レース編み、ジュリクロフィという日本の餃子に似ている料理、この町の人々の生きる糧となった水銀等です。
 イドリアのレース編みが初めて書物に記されたのは1696年でした。

 19世紀までずっと、この家内手工芸はイドリアで盛んに行われ、現在も細々と続けられています。美しいレース編みの作品の数々は、1533年 に鉱山の経営事務と水銀の貯蔵のために建てられたイドリア城の博物館コレクションに入っています。また、鉱山学コレクションも珍しいものです。
 15世紀末に発見された水銀鉱山が、イドリアの町のできた理由で、すでに五百年祭が祝われました。ただ、この町は鉱山の町として発達したのではなく、小学校を 始め、レース編み、林業の教育も受け持つ教育・文化の中心地となり、後には今世紀になって、種種の教育も行われるように なりました。イドリアの鉱山は、スペインのアルマデンと並び、ヨーロッパ最大の水銀鉱山でしたが、その繁栄と荒廃は、この土地に 大きく影響しました。昔の鉱夫達の家や家具、また1769年にできた鉱山劇場等は今もそのまま保存されています。

スロヴェニア共和国トップページ