ツェリエ
(人口25000人)(地図C2

ツェリエの町は歴史上、何回か重要な役割を受け持ちました。古代ローマ時代はツェレイアという名で繁栄し、トロイア・セクンダ、つまり小さな トロイアという名称までついていました。次に有名になったのは、14−15世紀に、ツェリエの伯爵や公爵達が、ヨーロッパ全域の支配階級とつながりを 持ち、勢力を増し、同時に広大な領土を得た時です。ツェリエの公爵家の滅亡は、スロヴェニアの歴史の中で、大きな一章の終わりでしだ。
 この公爵家については、書物や、記念碑、博物館の資料から知ることが出来ます。16世紀の古い伯爵邸は地方博物館になっていますが、これはツェリエ でも最も美しいルネッサンス様式の建物で、その一番古い部分が町の防壁につながっています。
 ツェリエの古城がある丘からはツェリエを一望のもとに見渡せます。壁の厚さが2.5メートルという塔のてっぺんには見晴台が あります。その外は城の殆どが崩壊していて、現在、歴史記念物保存のための修復が可能な限り行われています。 最近の調査では、ツェリエのもう一つの(下部の)城が見つかり、ロマネスク様式とゴシック様式の部分を併せ持つ 建物として注目を集めています。

 (写真は中心街のツェリエ市庁舎)


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